エルメス」にはマーケティング部門がないらしい。~御堂筋線の「半径50cmの孤独」を知る私が、AIに哲学を込める理由~

社長の着想日誌

はじめに:「コンビニのオヤジ」の正体

「エルメスにはマーケティング部門がない(市場調査で商品を作らない)」 この話を聞いたとき、多くの経営者は「ハイブランドだからできることだ」と笑うかもしれません。

しかし、私は笑いませんでした。むしろ、胸の奥が熱くなりました。 なぜなら、私自身が「市場の声」よりも「現場の皮膚感覚」だけを信じて生きてきた人間だからです。

「コンビニのオヤジが何を言うか」と思われるでしょう。 少しだけ、私の**「泥臭すぎるバックボーン」**をお話しさせてください。

18歳、就職模試1位からの「職人」修行

私はエリートではありません。 地元の普通科高校出身。成績は後ろから数えた方が早く、出席日数もギリギリ。なんとか「世渡り」だけで卒業したような学生でした。 ただ、妙な要領の良さはあったのか、就職模試だけは学年1位を取り、農協(JA)に就職しました。

しかし、私の人生の本番はそこからでした。 20代前半、妻の父が経営する京都の鉄工所に入りました。 義父は韓国二世。その性格は烈火のごとく激しく、自分にも他人にも厳しい人でした。 田舎育ちの甘ったれた私は、そこで強烈なカルチャーショックを受けながら、**「鍛冶屋」**としての洗礼を受けました。

鉄板を切り、溶接し、プレス機を回す。 職人の世界に「口先」は通用しません。あるのは「技術」と「結果」だけ。 ここで私は、ものづくりの厳しさと尊さを骨の髄まで叩き込まれました。

近江商人と、御堂筋線の「半径50cmの空白」

その後、滋賀に戻り、住宅設備の営業マンになりました。 相手は「水道屋の親父」たち。一筋縄ではいかない近江商人を相手に、シビアな価格交渉を勝ち抜き、トップセールスまで登り詰めました。

そして独立。大阪で「タイヤ貿易」のフランチャイズを始めました。 この時の光景は、今でも夢に見ます。

研修のため、大阪の高級住宅街「緑地公園」の叔母の家から、南部の「岸和田」にある倉庫まで通う日々。 行きはいいのです。しかし、帰りは違います。 日雇いの労働者たちと共に、泥とゴムの匂いが染みついた作業着で電車に乗る。

夕方の御堂筋線。車内はビジネスマンやOLでギュウギュウ詰めです。 でも、私の周りだけ、半径50センチ、ぽっかりと空間が空いているのです。 誰も私のそばに寄ろうとしない。 その「空白」の中に立ちながら、私は社会の冷たさと、自分の無力さを噛み締めていました。

挫折、そして「怒り」からの再起

必死にタイヤを集めましたが、香港の金融危機が直撃し、貿易ビジネスは破綻しました。 残ったのは借金だけ。 そこから這い上がるため、私は工場で働き始めました。

「12時間勤務・4勤3休」という激務です。 しかし、借金を返すためには止まっていられません。 私は体を休めるはずの「3日の休日」を、すべてコンビニのアルバイトに費やしました。

休みなく働き続ける中で見たのが、当時のコンビニオーナーの姿でした。 あまりに横着で、適当な仕事ぶり。 「こんな仕事で月100万も儲かるのか? 俺ならもっとうまくやれる!」 その「怒り」にも似た感情が、今の私の原点です。

結論:私の「歴史」こそが、最強のマーケティングだ

鍛冶屋、営業、タイヤ屋、工場労働。 私は社会の底辺から最前線まで、あらゆる「現場」を見てきました。 その経験から言えるのは、「マーケティング(市場の流行り)」なんて、有事の際には何の役にも立たないということです。

エルメスがマーケティングをしないのは、彼らに「馬具職人」としての誇り高き歴史があるからです。 私にも、泥水すすって生きてきた**「歴史」**があります。 「人間は裏切るが、ルールは裏切らない」「楽をして稼げる仕事はない」。 この哲学は、AIに分析させても出てきません。

私が今、AIを使う理由。 それは、AIが私のこの「叩き上げの哲学」を、文句も言わず完璧に実行してくれる**「現代のハンマー」**だからです。 かつて鉄を叩いていた手で、今はデータを叩いています。

中小企業経営者の皆さん。 流行りのマーケティング手法に飛びつく前に、自分の「歴史」を振り返ってください。 そこにしか、あなたの会社が生き残る道(哲学)はありません。

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